2011年5月18日 (水)

民主主義に未成熟な日本人は、永年かかって作り出した『彼等』の大いなる成果です!原発事故後の国民の反応もそれを示しています。

 民主主義の成立は、国民が自らの頭で考えた意見を持つことが最低条件です。

 それが無くして一体どんな民主主義が在るのでしょう。

 それは、民主主義社会を造る基本です!

 戦後から日本は「民主主義国家」だと教えられて私は育ってきました。
 でも、民主主義とは一体何なのか?・・・

 せいぜい、『多数決』ぐらいの事しか小学校時代には教わりませんでした。

 中学校時代ではどうだったか?・・・ 高校時代はどうだったのか・・・

 国家が将来求める人間達を造ろうと「期待される人間像」成るものが当時の文部省から打ち出されました。

 この時点が日本の民主主義を建て前だけにおとしめる歴史的画期になったと私は思います。

 民主主義にとって一番大切な、何よりも必要な国民個々人が自らの頭で考えることを、教育現場から、教育を受けるこども達からも徹底して排除し出したのです。

 『団塊の世代』と呼ばれる私も含めた人たちが中学生か高校生の頃です・・・・

 現在『団塊の世代』成る人々は日本社会の中で父であり母です。或いは孫も持つ世代にも成っています。

 日本社会の中で一定の『主張』が出来、影響も与えることの出来る世代なのです。

 でも、本当のその姿を言えば「期待される人間像」の下で育った人間達で、物事を自分の頭で考え、まとめ、自分の確信として何も掴めない、それでいて尤もらしく、いかにも新しそうに「語る」、全く自己思考を否定しているにもかかわらずそれさえ自覚出来ない、悲劇的『世代』なのです。

 そんな世代の人たちを、社会のリーダーとして掲げているのが現在の日本なのです・・・

 原発事故以来、もうすでに二ヶ月以上経ちましたが、未だに加害者東京電力に事故の収束を任せているのが日本の政府です。

 収束だけでなく情報も東電任せ・・・

 東電が公表しない限り情報は国民の前に現われない。

 こんな事態、許せますか?私は許せません!

 それでいて、何でも東電任せの政府が、補償に関しては東電任せにはしない!企業に全面的責任を求めない!

 今までも日本の政府は何かと、「国が責任を持つ」と嫌々よく云ってきました。

 でも、皆さんよくお考え下さい・・・

 「国」はお金を持っているのか?

 もし持っているとしたら、その原資は何かを考えることが必要です。

 もともと、「国」なんていうものは一銭もお金を持ち合わせっていません!
 ただただ、国民を纏めるだけでお金なんか稼げません!

 全部わたし達が支払った税金であり、一人一人が支払った額は決して多くなくても日本に昔からあることわざ『ちりも積もれば山となる』・・・・

 これが「国」の持っているというお金の元です。

 それを、『彼等』に好き勝手に使わせては成りません!

 原発で大儲けをしてきた『彼等』、東電は私が言う『彼等』の一部ですが、まず、第一に東電に全面的補償の責任を持たせることが絶対大切なことです。

 東電は12兆円もの内部留保金を持っています。

 一所懸命さを国民にみせて、出来れば誤魔化せればと考えて役員報酬半減なんて東電はしなくても、充分に金を、それも使い道のない12兆円という莫大な金を持っています。

 東電に補償を全面的にさせては成らないと主張している団体が在ります。
 日本経団連です・・・

 それに従おうとしているのが、管民主党政権の現実です。

 では、何故管民主党政権は日本経団連の主張に沿った行動をするのか?

 それは大企業から莫大なお金を貰っているからです!
 ですから、自民党も、公明党も、みんなの党も、立ち上がれ日本も、社民党も、大企業が困ることは云い出さないのです。

 その代わり、『国が負担』等と云うのです・・・・

 私は強く言いたい・・・
 限られた情報の中からでも自分の頭で考える。
 マスメディアの情報も疑って聴く。
 何の根拠も無く同意・賛成しない。
 もし考えて、ちょっとでも変だと思ったら、ちょっとでも納得できなければ、その情報発信源に問いあわせる。
 『国』の負担と云うことは、わたし達が負担を背負わさらることではないのか?

 この位のことはわたし達国民が自ら疑問に思い、考え、そうして初めて民主主義を本当に日本で根づかせることが出来ると思います。
 

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2010年10月 4日 (月)

東京・紀尾井小ホールで私の温習会が、今月11日に開催されます。

 希望の見えない今日だからこそ、私の温習会にお越し頂きたいと思っています。

 私は何ほどのことも出来ませんが、現実と違う世界がもしかすると少しはお役に立つかも知れません・・・

 午後一時から三時間程の演奏会です。
 
 入場料は勿論無料です。

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2010年9月29日 (水)

義経と弁慶をテーマに開催した第12回「長唄コンサート県民会館」は大成功でした。

 わたしは、舞台上の演奏は勿論、会場内の雰囲気を含め、来てくださった方々にどれ程大きな楽しさと感動をご提供できるか、それが芸をする人間の一番の目的だと考えています。

 今月、9月23日に開催した第12回「長唄コンサート県民会館」について記します。
 
 一年に二回開催するこの演奏会は、初期の頃は県民会館の後援を得て行なっていました。
会館使用料、舞台照明を含めチケット作成料等を県民会館が持ってくれました。
しかし国の文化予算の削減によって途中からは年一回だけの後援、それも時期を指定されることに成りましたがわたしはお客様に約束した年二回公演を続けて来ました。ですから丸六年経ったのです・・・・

 それを実現するにも、お弟子さんたちの力強い応援があったからです。本当にありがたいことです・・・

 今までの11回の公演も成功裡に終えてきたのですが、今回12回目は、今までの中でも、最高の成功だったと思います。

 今回は文化庁から今年度の「創造発信事業」として認められました。
そのお蔭で立派なポスターやチラシを作れ、文化庁の後援事業であることから県内の学校や公立施設に情報を伝えられた事です。

 そしてテーマがまず良かったと思います。
『義経と弁慶がつむぎ出す長唄の世界』。

 当日はまるで狙い定めたような物凄い雨と雷までなって、演奏会の出鼻時間を歓迎してくれたのですが、ところが幕前へ出て、司会・解説を私がしますと挨拶しながら客席を見ますと、いつもより多くのお客様がいらしたのです。そして、会が進行するに従ってどんどん増えてきたのです。嬉しかった・・・・

 ヤサヱモン座こども三味線教室から育ったこども達たちも多くなり、大人たちと一緒に『都風流』を演奏しました。
二段に分かれた舞台の後列はこども達だけ・・・涙が出るほど立派に育っています。

 その次は『三味線三態』とめいうち、三味線の持つ楽器の歴史から、三味線の形の変化、調弦の種類とその調弦が持っている代表的曲調などをご紹介しました。

 次にはヤサヱモン座のこどもたちによる『滝流しの合い方』『チンチリ連の合い方』のご披露・・・

 いよいよ義経と弁慶の主要テーマにその後入りました。
 
 演奏した曲は『橋弁慶』と『勧進帳』でした。

 義経、ジンギスカン説の由来から説明をし、この伝説が歴史的に意図的に作られた伝説である事を私はお話ししました。それは一度目は義経が死んでから500年後・江戸時代。その時には義経は北海道の王様で、決してジンギスカンでは無かった。二度目はその200年後、ジンギスカン説が初めて出たのは、日本が後盧溝橋事件で張作霖を爆殺した4年前である事を明らかにしました。

 演奏には、資格を取っているお弟子さんたちに出演してもらいます。全員東京から呼んだいわゆる専門家・プロだけで演奏しているのでは在りません。ですから当然演奏上の欠点も覆い隠せません。

 でも、その私も含めた皆の必死さが伝わるのです、お客様に・・・

 わたしが今回大成功だったと記すのには、お客様から頂くアンケートがあるのです。
そのアンケート用紙には、『楽しかった』『つまらなかった』『また聴きたい』『機会があれば聴きたい』『聴きたくない』『この会は何回目ですか』『ご意見・ご感想』と項目がいっぱい在るのですが、何とアンケート回収率が70%です。そして「楽しかった」「とても勉強になった」「素的な時間をありがとうございました」「また聴きに来たい」というこたえが返ってくるのです・・・

 わたしも楽しく勉強し、皆さんも喜んでくださる演奏会。日本国中、滅多に無いと思います。

   

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2010年3月13日 (土)

睡眠薬と睡眠導入薬をのんでも、寝付けないで、ブログを開けました。コンサートを明後日に控えて頭が興奮してしまったようです・・・・・

 解説の構想がどうしても纏まらず、自分の演奏のことよりも、悩み、疲れました・・・今日(昨日ですね)考える時間は何時間もありませんでした。今日はリハーサルですから、今日になって多くは考えられません。
 たった一時間半の短いコンサートに、来て下った皆さんに少しでもご満足して頂くには、進行と解説が大きな役割を担うのです。

 長唄の演奏会に頻繁に起し下さっている方たちには、もしかすると邪魔なものかもしれませんが、長唄を始めてお聴きに成る方に、少しでも面白さと、良さを感じてお帰り頂く事が、このコンサートの一つの目的なものですから、決しておろそかには出来ないのです。

 その曲充分知っていらっしゃると思われる方たちにも、「へー、そだったんだ」と新しい発見をして頂ければ最高なんです。

 年に二回もしているのに、毎回来てくださる方も在り難いとことに大勢いらっしゃいます。
 新しく、会員に成って下さる方も結構いらっしゃます。

 毎回、やさえもんさんは、同じような事しか言わないと言われたらおしまいですから・・・
 
 でも、今日、東京の稽古から夕方帰ってきて、今までも散々目の前に積んであった資料や本を、もういちど手に何回も持ちました。全然、直接関係無いような文章も・・・
 食事をしながらも、目は資料に・・・手にしたお酒を飲みながら・・・

 明日の事を考えて早めに横になっても、それも、薬をのんでです・・が眠れないのです。

 また起きてきて、資料を見直し、こんどは睡眠薬を飲んで横になりましたが、全然薬が効いて来ない・・・

 また起きてきたのが、よかった・・・
 コンサートで演奏する曲ではない曲の資料を見ていたのです・・・

 そのときです、ひらめいた。こんどの解説はこれしかないと・・・・
 これなら、皆さんが、絶対楽しく解説を聴けて、ご満足いけると・・・・・

 残るのは、私が弾く三味線のことですが、私が想う新曲浦島という曲の心を、私が今出来る限りの力を発揮してお聴きいただく意外には道は無いと思っています。

 ブログを書いていて時間は遅くなりましたが、きっと眠れます。おやすみなさい・・・

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2010年3月 7日 (日)

わたしは、演奏は心だと思います。手の動かない演奏家の言い訳かも知れませんが・・

 曲を演奏する事は、曲に命を蘇らせる事・・・
 それが演奏家の使命だとわたしは思います。

 細かいてを、速い手を、見事に弾くのも一つ。
 とても素晴らしい!

 でも、それが出来ないわたしは、テクニックではなく、作曲者の心をわたしが今成に掴み、勝手に想像し、わたしが今持っている限りの最大の力を、わたしが今考えるその曲の心として、一心不乱に取り組む意外に道は無い・・・

 それが、わたしのするべきこと。
 それが、わたしに出来る唯一のこと。

 それが、人々にどう伝わるのか?

 わたしにはわかりません・・・・でも、それが、精いっぱいのわたしの演奏家としての誠意なのですから。

 

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2010年2月 5日 (金)

長嶺さんへのコメントを、記事にします。私の「芸」への想いが充分出ていると思いますから・・・コメントを見て頂きたいと思います。

 この方へのコメントを記していたら、私が言いたい「芸」への想いをたくさん述べたなと思ったのです。

 私の手抜きをお許し下さい。

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2009年11月 9日 (月)

フランク永井さんを私は敬愛します。彼の歌は15歳の頃から私の心に何故か甘く響いてきた・・・NHK衛星放送を見て想ったこと。

 フランク永井さんの歌は私の心にびんびんと伝わってきました・・・メロディーに乗って、悲しさと同時に。

 作曲家吉田正さんは、フランク永井さんの歌唱力と味(あじ)を想って作曲出来たことが幸せだったのではないかなと想います。

 私がしている伝統音楽長唄は歌詞が判りにくいのですが、それは唄いての努力によって解消できる部分が大きいと思うのです。

 フランク永井さんの曲はメロディー(旋律)としてはどれもこれも三味線音楽と同じように凄く似ている曲が多いのです。
 ところが、うたわれている内容(歌詞)が違い、それがストレートに聴く人に伝わるのです。ですから聴く人には新たな曲として受け入れられるのです。

 「有楽町で遇いましょう」も「あまえに」もみんな素晴らしいとても良い曲です。
 こんな作曲をしたいし、こんな素晴らしい歌い手にも巡り合いたい・・・・・・
 
 

 

 

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2009年10月28日 (水)

私は、さだまさし氏が嫌いだ!音楽性も嫌いだ!BS2・28日放送を見ていて・・・

 いくら反戦歌を作って唄っていても私は嫌いです。
 
 彼は多くの若い人たちを前にしてお喋りしているのですが、私はこの人の言葉遣いと話の内容と態度から、自分だけの物凄い独りよがりの「自信」の世界に浸りきっていて、若者を含め視聴者を小馬鹿にしていると感じました。

 私は彼の作曲した曲の自演を聴きましたが、どの曲も同じ雰囲気で、更にうたっている日本語がハッキリと伝わってこない。

 彼流に言えば一番大事なのはまず言葉です・・・でも
 私に伝わってこない理由はハッキリしています。曲の中での言葉のアクセントと、強くハッキリ表現しなければいけない言葉の中でのフォルティシモとピアニッシモをきちんと曲中の歌詞に表現していないことです。

 ですから彼の作品はどんな内容の歌詞を歌っていても何を言っているのか判らないから、みな同じに聴こえてしまうのです。

 例えばこれは私が勝手につくった歌詞ですが、「君が好きだ」という歌詞ならば、「君」の『き』のところにフォルテが来なければ「君が好きだ」ということばの一番重要な言語が伝わらないのです。
 君だか、何なのか判りません。

 その「君」が伝われば「好き」という言葉は前後の旋律の流れから聴く人の心に伝わるのです。

 もう一つ例を出しましょう。これも私が勝手に思いついた歌詞ですが「お前は嫌いだ」。
 この場合「お前」の『お』の言葉は大事では在りません。何故なら「お前」の前に付く『お』は言葉の前に着くだけの言葉だからです。ですからこの『お』の発言はそれ程大事では無いのです。ですからその後の言葉「前」の『ま』が大切に成るのす。ですから『ま』はフォルテで表現しなければ何をうたっているのか判らなく成るのです。
 『お』はハッキリ聞こえなくても『ま』がハッキリ聴こえれば「お前」という歌詞の意味が通じます。
 その後に続く「嫌いだ」は『き』にフォルテを持ってきても『ら』にフォルテを持ってきてもどちらでも表現できると思います。何故ならどちが強くても意味は判るからです。

 さだ氏の表現は、私が今言っていることの両方に合致していません。
 ですから歌詞が違うだけでみな同じ曲に聴こえてしまのでしょう。

 彼がマスメディアに売れたのは何故だか知りませんが、若者を相手に自分の感性だけを押し付けてはいけないと思います。番組の中で彼は盛んに若者の質問に答える形を取りながら若者の質問に対して答えを窮すると逆質問をし質問者以外の人に再質問を提起し最初の質問者への答えを逃れていました。
 
 若者のからの真剣な質問さえ逃れる彼に、どんな国民的・未来的新曲が在るのか私は見てみたい。

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2009年10月12日 (月)

ヤサヱモン座こども三味線教室(文化庁委嘱事業)が今日群馬県赤城神社の秋季大祭に参加してきました。良かった・・・・

 ただの芸人・長唄の三味線弾きである私の人生で最高の価値在る事を実感させてくれるこども三味線教室。

 今日は地元群馬県にある赤城山の山頂に在る赤城神社の秋季大祭にこども達をつれて参加しました。
 こども達が演奏し神社に奉納したのですが、私はとても疲れましたが良かったなと心から思いました。

 考えたら昔から神社は村の鎮守さまで有名でした。
 ですが私にとっては靖国神社の軍国主義のイメージが強く、神社自体を感覚的に毛嫌いしていました。でも、靖国神社の軍国思想は本来の日本の伝統ではなく、太平洋戦争の中で政府によって作られたものであることを今回の奉納演奏の宮司(神社の社長)さんとの打ち合わせの時に初めて自覚できました。

 宮司さんは仰いました。「神社は経営上の為に時代・時代で神社の援助者を得てきました。庶民の信仰の一つの場所なのに、経営上の都合で在る時はその地方の豪族を、在る時は武士を、そして明治以降は天皇家によって経営上の支援を受けてきました。当・赤城神社では冬に成る頃には神様が山から降りて里に移り住み里人の生活を支え、春が来ると再び山に戻りあめつちを養い里人を守るのです」と・・・

 何とも庶民に寄り添った庶民信仰の対象ではないでしょうか。
 私は唯物論の立場に生きる人間で信仰心の無い人間ですが、この庶民信仰を守り続ける赤城神社の宮司さんの話しはとても新鮮で共鳴できるものでした。

 こども達の演奏する事の喜びににとって、どこで演奏しようが余り違いの無い物ですが、この赤城神社の背景には雄大な自然が拡がり、大きな沼があり、小さな登れそうな「山」がそこに在り、普段出来ないことを演奏と同時に経験出来たのです。

 「そんなとこまで食べに歩いて行くのは嫌だな」と言っていたこども達がいつの間にか「山」に登っている・・・

 泥水に浸かって濡れてしまった足を「最悪・・・」などと気持ち悪がっていたこども達が、歩いているうちに乾いた足に「最悪・・・」などと言った事も全然忘れたようにご機嫌になって花の数や、珍しい物の数を数えている。

 帰りはすっかり疲れうとうといている姿・・・

 こども達に三味線を教え出して七年。
 赤城神社の宮司さんに感謝をしながら、こども達に感謝した今日でした。

 
 

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2009年6月11日 (木)

国民にとって本当に怖いのは、こどもより教育委員会に睨まれることを意識した学校長・教頭の根本的姿勢と、従わざるを得ない教員を作り出す教育法制の改悪をした自公・民を批判する。邦楽教育「重視」が日本の軍国主義化のオブラートに成っているとしか考えられない事実をご報告します。

 私は文化庁の委嘱事業「伝統文化こどの教室」を実際におこなってきて、今年も文化庁の事業として支援(国民の税金)を受けました。私が開く教室の名前は「ヤサヱモン座三味線教室」と言います。
 一年間、正確には9ヶ月を要して毎月二回、18回の教室を開きこども達が三味線を弾けるようにしてきました。
 今日は、一つの小学校と一つの中学校に昨日コンタクトして訪問し各校の校長にお会いし「こどもたちに三味線を教える文化庁の委嘱事業をしています。ついては全校児童・生徒にその案内チラシを配って頂きたい」と要請に行きました。
 開口一番言われる事は「教育委員会の推薦書きが無いと児童・生徒全員に配る事は出来ない」。
私の質問「それは教育委員会の決まりですか?」。
答え「決まりでは在りませんが、教育委員会からきた文書なら皆に配布します」。
私の質問「それは当然でしょうが、これは教育委員会も含む文化庁の事業なのです。それなのに教育委員会の推薦は要らないと思うのですが?」
答え「配れない」。

 小学校の校長は私の「こどものことを第一番にお考え下さい。こども達が日本音楽に触れられ機会なのですから、是非こどもたちにこのお知らせのチラシを全校児童に配布して頂きたい」と言う願いに応えて下さいました。
 ですが中学校の校長はこれから教育委員会に問い合わせて、それでも尚「クラスに数枚のチラシを置くことなら認める」と云うのです。私は拒否したのです。散々教育委員会に問い合わせ、結果としてあくまでも生徒全員配布には応じないと云うのなら「この学校にはお願いしません」と席を立ってきてしまったのです。何故なら、お許し下さい、私は教育者では在りません。自分で素敵だと思った長唄三味線を弾き生きてきただけの芸人です。自分の「上」の部署も、自分を点数付ける部署も私には無い。生活を保障してくれる部署も無い、全てが自分の責任、今はやりの変な「自己責任」ではなく本当の意味で自分の力で切り開いてきた人生。それも文化庁と言う校長にとっては大きなバックが在る事業の募集のチラシさえ自己判断で配る事が出来ない、いちいち教育委員会にお尋ねしなければ答えが出せない貧困さ。昔なら馬鹿としか言えないような人が教育現場の一つで明らかに馬鹿げた対応をしているのです。
 ここから私が感じた事、日本音楽重視は形だけのこと、日本が軍国主義に再び成っていく過程の国民騙しのオブラート。日本音楽を本当に普及させようと考えているのなら、真剣に取り組むべき事業です。だが現実は本格的に予算をとり体制をつくる事何もしません。唯一の事業がこの文化庁の事業だけです。
 これまでに参加したこども達の生き生きとした姿を見ていて本当に力を貰いました。こども達は三味線を心から楽しんでくれるのです。だが、教育委員会の権限を強め、教育委員会を重視する政府の立場は、現場の教職員を萎縮させ、自分で判断する事を物凄く恐れ「お上」の意向ばかりをきにしています。これで自立したこどもが育つはず在りません。
校長は云いました「大体から中学生は全員部活に入っていて、土曜も日曜も部活で時間が在りませんから無理ですよ」。たわけ!色々な可能性が在る中学生、それなのに一つの部活で縛りつけるどこに教育として意味が在るのか。こどもを疲れさせて非行に走らないようにさせるといった昔から、非行は減らない。確実に変化してきたのは自分の頭で考え、正しいと思ったことを堂々と言えるこどもが少なくなった事。
 上の顔色をうかがうことは、人間として恥ずかしい事です・・・

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